昭和四十五年六月一日 月次祭
「おかげの泉」の第五集が出ております。毎月一回の割合に出ているんでしょうか。ここでああいう刊行物がいろいろ出ておりますけれども、今度の「おかげの泉」ほど反響がここへかえってくるのはなかったように思えます。しかも信心の無い方達が非常に喜んでおって下さる事やら、又、愛読者が又増えてきた事やら、「まだあれは出ないか」と云うて催促を受けるような状態であります。
それが今日、ある方がまとめて十冊というてみえた方が云っておるそうなんです。とても見やすう書いちゃるけれどもとても難しい。けれども初めての、一番初めての書き出しのところがね、あそこだけでよかと、あれだけで五十円がとあると云われたと。書き出しのところで、まあ信心の言葉で云うとあれだけでおかげを頂くと云うて求めていって下さるとこういう訳なんです。なる程そうですねえ、ずっといくつにもいくつにも区切ってございます。その第一章のところを読ませて頂きますと、ほんとにそういやぁそんな風に思います。なる程あそこのところだけでやはりおかげ頂くなと。ところがその難しいと思うけれども、やっぱりその繰り返し繰り返し読ませて頂いておると、なかなか味のある本だとこういう風に皆さんが云うて下さる。ほんとに有り難い。あれを皆さんは毎日、あれは月の内に一日の御理解をまとめただけなんです。それをいうならば、三六五日皆さんは朝の御祈念にお参りする方達は、みんなそれを頂いておる訳、毎日毎日頂いておる訳です。どれがええの悪いのという事はありませんよ。もういつの朝の御理解を頂きましても、夜の御理解を頂きましても、なる程、おかげの泉である。それこそあの御教えが私共が有り難いと思うて頂かせてもらえ、有り難いと思うてあれが行じられていくところに、おかげはそれこそ湧く泉のように頂けるという訳なんです。又それは事実そうなんです。そういうおかげが約束されてある。ですから私共は、そういうおかげを御教えを行ずる事によってです、実証していくところの、いわゆる実証者。いうならば御教えを実行していく実行者であると同時に実証者であらなければならない。実際に各おかげが受けられるという証を立てていかなければならんというのです。そこでです、そんなら五章のどれを見ましても一番求められるものは何かというと、和の心である、喜びの心である。その和の心が喜びの心が、あのように細かに説明してあります事柄がです、一言でも行じられるところからそれが、行じが貫かれるところから自ずと和の心も賀の心も頂けてくるという訳なんです。ですから教祖様の御教の中にもあります。「信心は家庭に不和の無きが元」と、家庭に不和が無いという事。家庭が円満であるという事。それが元だとこういう。なる程そうだと私は思います。私の心の中にまず和の心がなからなければならん。又は、喜びの心がなからければならない。それが家庭に潤うていかなければならない。私は今日、その家庭に不和が無いという事、いや不和が無いという事だけではなくてです、仲良うしかも楽しゅう、しかも有り難く。
今日、午後の奉仕をさせて頂いてます時に、むつやの信司さんと久保山茂さんが兄弟でお参りをしてまいりました。この二十二日が宅祭りである。それまでの修行もさることながら、御神様をお奉りしとる部屋が何とはなしに殺風景であった。昔からいろいろな額は上がっておったけれども、あんな物も取り除いて何か親先生に書いて頂いたものがあるから、これを表装してお祭り前に表装しようかと云うて、兄弟話がまとまって久留米に行ったと云うんです。そしてそれを表装を頼んできて、この位の紙から出しよりますもん信司さんが。それから何だろうかと思うたら短冊を一枚求めてきて「先生、何かこれは私が頂かなならんものを一筆書いてくれ」と云う訳。私は丁度その時にですね、ここで頂いておった事を小さい紙切れに書いておるところへやって参りましたから、これは信二さん、掛けて眺めるものでもなからなければ、いわゆる観賞するものじゃない。又観賞に堪える程しの私の字でもないし。けれどもこの内容はね、あんたがいつも心に掛けておかなければならない事だ、と云うて私はその場で書かせて頂いた。それはね「日に月に、おかげが開けてくる事の為に」金光様の御信心はね、もう日に月にいわゆる日勝り月勝りにです「おかげが開けてくる事の為に」と私、短冊の表に書いた。だからその俳句でもなからなければ歌でもないですから、いわゆる掛けておくものではない。その心というて、又その裏に書いた。それはね「一心と定めい」という事である。「一心と定めい。」信心はね、その一心と定めるという事なんですよ。こうと決めたらそれが本当だと分かったらね、それを貫く事なんだ。教祖様の覚え書きを見せて頂きますとね、皆さんも一冊ずつお求めになったでしょ、こんな厚い本。あれを見るともう全くその、いわゆる当て字ばかりなんです。この「一心と定めい」もやはりそんなんです。だから仮名遣いがしてある。「一心と定めい」一心とはひとつの心です。定めいとは、久留米の佐田さんの佐田が書いてある。めいという字は明らかという字、明治の明「佐田明」であった。教祖様がああいう様々な当て字を使っておる。もちろん無学でおありになったから、まぁいうならば無茶苦茶にお使いになっておられるけれども、それが実に深い御神意がある事に驚くばかりである。例えばこれでもそうです。この「佐田明」という「明」という字は、日が書いて月が書いてある。これは今朝の御理解ですよねぇ、皆さん。日に月におかげを頂いていく。佐田さんが夕べの御祈念、三十一日はね、ここで三十一日の夜の御祈念にひと月の御礼を申し上げる。いうなら、ささやかですけれども、ひと月のお礼を申し上げてそしてこの御神殿、お広前に輪をかいていつも二十五名か三十名位しか集まりません。丸く輪をかいてひと月のお礼、おかげを受けてきた事をしかも家族をあげて、ですからもう【 】ですいつも。福岡から嘉朗さん達が家族中で子供達まで一緒にやってきます。いさむさん達が家族でみえます。原さん達がみえます。又この村内の方達がみえられます、といったように、まぁそれはいく家族かではありますけれども、集まるとやはり二十四、五名にこうなる。これが毎月ある。一時間、十一時になると解散致しますから、それこそ親神様の前で親の前で、ほんとに今月も広大無辺なおかげを頂かせてもろうた。有り難かった。勿体ない事であった。というようなお話をです、丁度親の前で孝行な人達が集まって、その喜びを交わしておるような雰囲気の中に、毎月その事が月のお礼が申させております。その中でね、私は昨日も申させて頂いたんですけれども、ほんとに今日もおかげを頂いて有り難いと、この月もおかげを頂いて有り難いと。と有り難い事がです、今まで有り難いと気付かなかった事に有り難いと気付かせて頂く信心とはね、何かもろうたけん有り難いのじゃない。信心とは、自分というのが段々分かってきて、あれもおかげである、これもおかげである、おかげの中にあるしかも、もう微妙なまでに神様の働きの中に、あれこれのおかげが成就していっておるという事をです、気付かせて頂く時に、有り難いものが湧いてくる。だから日が暮れたら大晦日とい思い夜が明けたら元日と思うてとおっしゃる。そのような気持ちで日々嬉しゅう暮らせば、家庭に不和はないと。これは私、昨日皆さんに聞いてもらったのはです、ほんとに例えばです、一日をほんとに有り難い事だったなぁと。大晦日に例えば、払うところは払う、片付けるところは片付ける、あれやらこれやらを済ませて頂いてさっぱりした気持ちで終わらせて頂くところに、あくる日は期せずして、それは元日じゃなくてもあのような気持ちでおかげを頂きゃ、あくる日は清々しい元日のような思いがするであろうようにです、有り難い、勿体ない、相済まないというような事柄でです、一日が締めくくられる時にです、もう元日の心になろうと努めなくても、あくる日は清々しい元日の心が約束されるのだという事であった。朝、目が覚めたが眠い。又働かんならんというような、例え夜いかにお礼を申し上げると云うてもです、あくる朝の、いわば元日の心がないならばです、それはまぁだほんとの有り難いというお礼に到達していないのだと。有り難いという、ほんとに勿体ないというお詫びが、まだ聞き届けられていないのだと。まぁだ、いうなら支払いが済んでいないのだ。御礼が済んでいないのだという事。だから日々が有り難い勿体ないという。そういう例えば締めくくりが出来るところに、あくる日は元日の心が頂かれるとこういうのである。皆さん、そのいうならば、元日の心を頂かせて頂く事の為にです、私共が日々有り難い、又は勿体ない、又は相済まない事に気付かせてもろうて心から許されてと思われる程しのお詫びが、真剣に出来なければいけないという事になる。そこにはね、日々嬉しゅう暮らせば家庭に不和はないとこうおっしゃられる。
今日丁度、茂さんが信司さんと二人で参って来てから、茂さんがお届けしにくそうにしてから、実はお届けそびれておりましたと。けどもいよいよ今日になりましたからお届けさしてもらわんなりませんがというのです。何かと云ったら、先生、今晩お祭りを頂いてから万博に、いわゆる呉服屋さんですから京都へ仕入れの事で行かなければならん。まぁそのついでに、その家族中で万博の見物に行きたいというのである。家内は申します「信心もこの頃出来とらんのに、とてもお父さん勿体のうして行かれん」と。「親先生にお届けは出来ん」とこう云うのです。「私もやっぱり同じような思いですけれども、まぁ今晩行くようにしとりますから」と云うから「有り難い事じゃないか」と云うて茂さんに御神米を二体ずつ入れて親子四人ですから。茂さんは、又京都から東京のお母さんがあちらに行っておりますから、東京の方へちょっと行きたいと云うので、私二体の御神米をそれぞれに下げさせて頂いた。そして、洋子さんに渡す方の方は、封書に入れて私がそれにお書き下げに頂いた事が、私先ほど申します「仲良う 楽しゅう有り難う」と書いてあげました。「仲良う 楽しゅう 有り難う」どこでも仲睦まじい家はありますよね。もうコトリとも云わんという家がありますよ。けれども、楽しいようなものがひとっつも見えない。もうコトリとも云わんちゅうだけんこつ。これじゃあいけませんね。仲良う、楽しゅうなからなきゃいけません。だから茂さん、そげな事じゃないよと。例えば、その万博に行けるという事が有り難い事なんだと云うてね、話をさせて頂きよりましたらね、茂さんじゃなくて私の方が感動しだしたんです。例えば、家内の弟と二人で仲良う宅祭りの事の準備に久留米に行って帰りに寄っておるところを、私はね、そして自分でほんとに自分の願いというものを見極めた気がした。願いというのは、私が信者に対する、ここに御神縁を頂いておられる方達に対する願いなのである。その願いがどこにあるか、一番私が願っておるかという事はね、夫婦仲良う、兄弟仲良う、もう家庭円満にという事がですね、私がもう一番皆さんに願っておる事だという事を、今日自分で気が付いた気がしたんです。私はね、このように皆さんの家庭の上の事を願っておるんですよ。それを私は、今日は茂さんのお届けをさせて頂きながら思うたんです。そうしておるところへ洋子さんがやって参りまして、お届けしにくそうに云うんですからね。だからその事を又・・・どうしてならば、私が金出してやらにゃんかなんかというならば気兼ねするけど、そんな事じゃない。行けれるという事は有り難い。けれどもね、そこにはね、仲良う行かにゃいかんばい、汽車の中でブーッとしたこっちゃでけん。親子、夫婦が仲良う。しかもそれが仲良うだけではいかん、楽しゅうなからないかん。「ほんにお父さん、これは新婚旅行以来ですね、こげな旅行は」といったように楽しゅうならにゃいけん。しかも「お父さん、何と有り難い事でしょうか」と親子四人がこうやって水入らずで万博の見物に行けるなんて。もうほんとにどんなに考えても考えても、例えば十年前、十五年前の久保山の事を思うたら、とてもとても有り難い事ですよ、勿体ない事ですよという事になればそれでいいじゃないか。いや、それなんだ。私の願いはそれなんだ。親子、兄弟、夫婦の者がです、いわゆる家庭が円満におかげを頂いていくという事。そこにはね、様々な考え方とか物の見方、考え方があると思うんです。円満にいく事の為には。もう悪かもんばっかりであればよかとかね。ひとつの事が例えば、ここにビンを置いてあった。そしたらひっくり返してこぼしてしまった。「私がそげんとこに置いたもんだから」と云うた。そしたら又一人が「いやぁ、私がつまずかにゃよかったばってん」と云うてから、もう私が悪かった、私が悪かったと云えば、家の中は波は立たん。ところがね、そげなこっちゃいかんです。こげなとこに、どうしてこげんものを置いとるかと。あなたがちゃんと注意しなさらんけんと云うた方が、よっぽど人間らしいですよ。けれどもそれが、云うたっちゃひとつも問題にならんだけのものでなからなければいけないという事です。その為に夫婦喧嘩になるような事じゃもちろんいけません。それが本当じゃないでしょうかねぇ。いわゆるそういうところにです、私は仲良う、楽しゅうがあると思う。ビンひとつ割ったっちゃ、こぽしたっちゃそこの中に楽しさがある。それでもこれが問題にならんちゅう事は、何ちゅう有り難い事だろうかという、有り難さがあるのです。だからコトリとも云わんという事じゃない。仲が良いという事は。いつも調和し抜いておるという事。天地に調和するという事はです、例えば、甘木の平田さん方の<お話は>叱られて怒られておるようにある。だからひとつも円満なところがないようにあるけれどもそうじゃない。あれでね、とにかく自分のおかげを受けておるおかげを、みんなに向けてもらいたいと思うから、ああして顔を真っ赤にして叱られるように云われるけれども、あれがいわば、天地との調和を保っておる証拠に、あれだけのおかげを受けておられるじゃないか。
皆さん、これはね、もう私は今日自分でほんとに、自分でそれが分かったんです。私がね、たくさんのここにお参りしてくる方に何を願っておるだろうかと。そして洋子さんに私が申しました。この頃、お日参りも出来ませんから。だからお日参りが出来んよりも出来るよりもですね、夫婦が円満で親子が円満である方が、私は好いとると。その方がおかげなんだと。そして、なら万博から帰って来てから、又朝参りでもお詫びの印にさしてもらえばよかじゃないのと。いうならば家庭円満という事の方が先なんだ。と今日はまぁ、洋子さんにそう申しました。けれども、そりゃ先とか後とかというものじゃありませんけれどもです、私はそのように願っておる。私はそのように切実にね、皆さんの家庭に願いを掛けておる。ですから、私はそれが自分でも分からなかったんです。もう兄弟がそろうて参って来ると感動するんですね、いつも。親子がそろうて参って来ると感動するんです。私はこれは、どういう事かと思いよったところが、やはり自分の願いというものが、そのようにしてそこに実現しておるその姿に感動しておったんだと、今に思います。私が一番皆さんに掛けておるものはね、お日参りでもなからなければ、お供えでもない、御用でもない。皆さんがね、ほんとに家庭円満のおかげを頂いて下さるという事なんです。そこにはね、いろいろのいき方はあろうけれども、そういう事じゃない。今、私が申しましたようにね、家庭の中だから波風が立たんはずはない。波風が立っても、このような有り難い受け方が出来るという事がね、円満だという事なんだ。そしてです、私は今申しておりますようにね、一日を締めくくらせて頂いた時に、ならお詫びならお詫びでもいいじゃないか。御無礼な一日であってもいいじゃないか。「もう神様、今日はもうほんとに相済まん一日でございました」と。けれどもね、明日はね、又御心にかなう私でありますようにと、願わせて頂きお詫びさせて頂くとです、神様が「もう、よかよか」と云うてですね、許して下さったようなものがね、この心の中に響き返ってきます。「詫びれば許してやりたいのが親心」とおっしゃるのだから。
「極楽は 峠を越える 一休み」二、三日前の御理解なんです。今日はもう本当に、自分の信心も出来んのにこのようなでたらめな生活をさせて頂いた。いうなら極楽させて頂いた。けれどもそれはね、堕落する為のものじゃない。次の日のそれはエネルギーになるものなんだ。明日は、御心にかなう一日であり、今まで出来なかった事が出来る。今まで改まらなきゃ出来なかった事が改まれる程しのおかげの頂ける原動力にもなるものだ。その原動力こそがね、おかげの泉なんだ。それが限りなく頂けれるところの、湧くように頂けれるところのおかげなのだ。いかに日々のね、例えばその詫びるとか、お礼を云うとかという、この月もほんとにおかげを頂いて有り難い、とお礼を申しお詫びをさせて頂くその心が、大晦日の心がほんとに出来れば、あくる日の元日の心は、もう期せずして神様が下さったも同然だ。ところがその元日の心がないならばです、それこそ仲良う、楽しゅう、又は有り難いものがないならば、まぁだ大晦日の日の心が足りなかったんだと悟らして頂いて、本気でおかげをおかげと気付かせてもらう。詫びるところは、心から徹底して神様がお許し下さったと思うところまで詫び抜かせて頂いて。そういうおかげを頂かせて頂くという事がです、家庭円満の本当の意味においての、又神様がお喜び下さる意味合いにおいての、私は「家庭に不和がない」という事は、そういう事だと思う。
今日は私の願い、私の願いという事を申しましたが、ほんとに皆さんにね、おかげを頂いてもらいたいと。おかげを頂いてもらいたい。私がおかげの受け初め。このようなおかげを皆さんにも、そげな事でどうしておかげを受けられるのというのが、私がしつこいように、皆さんにいつも申し上げる事なんですけれどもです。その根本になるものはです、その根本にするものは、家庭の和なのです。だからその事を願っておる。
昨夜もこうして輪をかいてお話をしておる中に、たまたま二十何年前の私共福岡での修行時分のお話が出たんです。お月次祭を仕えさせてもらうのに、それこそ水ずくしである。御神酒すずの中にもみずがある。もちろんみずだまりはなおさら水。まぁもろうて来たお漬け物やら、庭で出来たニラなんかが、こうお供えしてある。ほんとに水ずくし。神様に相済まん事だと。いわば御神酒ひとつ【 】ひとつお供えが出来てない事が相済まんと思うてお詫びさせて頂いとりましたら、神様が「水ずくし 魚ずくしに成るまでは離れられぬが わしの心じゃ」と。
昨日はここで、典楽会の方達が二十何人、久留米の方達がここで会合を催されました。もう、うちで出来だけのお御馳走を作るので十一時前から出来ました、お御馳走ばかりが。それが全部ね、全部というかほとんどがね、もう鯛でもブリでも何本も冷蔵庫で冷凍してあるから間に合う。ほんとに魚ずくしのおかげを頂いたもんだなぁと思うんです。お酒はもちろん、ビールはもちろん。いろいろ果物に至るまでお下がりばっかりで、二十何人賄わせて頂ける程しにおかげを頂いておる。大坪さんは、ふがよかと云う人もあるけれども、私は夕べ申しました。「ローマ一日にしてならず」である。私共が今日、このようなおかげを頂くには頂くだけの元がちゃんと二十何年前に出来てるんだと。その時分の思い出話を出よりましたら、その妹がその時分の事を話しよりましたが、涙が出てきて話されなかった。だからね、こういう信心にはこういうおかげという事を、私は体験してきておるから、皆さんに「皆さん、こうあらなければならない」というて私がいうならば<たくをたたとて>皆さんに聞いてもらうんだけれども。その願いの根本というものは、どういう事であるかというと、確かに家庭に不和がないという事だという事である。そういう難儀、困迫の時代にです、私が毎月お月参りをさせて頂きますと、妹は自分の主人の形見の全部をいつも旅費を作る為に売ってくれましたし。昨日、母の話が出とりました。うちのばあちゃんだけは、晩御飯をいつも食べなさらん。福岡から私がいつ帰ってくるか分からん。もうとにかく十二時過ぎなければ、私は三井電車を利用しとりましたから、いつ帰ってくるやら分からんから、お粥さんの一杯ずつつぎ渡しの時分ですからね、うちあたりは。それを食べない訳なんです。そして、あれがいつ帰ってくるやら分からんからと。私は不思議に思いよった。帰った時にちゃんと戸棚の中にどんぶり一杯、こげん余る程あるじゃろうかと私は思いよった。後で聞かせて頂いたら、私が帰った時だけは、だから母は頂いてはなかったという事になる。というように、そういう難儀、困迫の中にも親子が兄弟がです、もうそれこそ拝み合う以上の拝み合いをもって、私共は、おかげを頂いてきておったという事なのだ。「家庭に不和が無きが元」その元が私共の場合出来ておった。それがね、おかげの受け物であったという事をです、私は今日は茂さん達のお取次させて頂いて頂きながです、もう本当にそれを私が一番皆さんに願っておる事は、何だろうかと思うて、その、まぁ思うてもみなかったけれどね。金の無い人は金の事を願いよる。病気の人は病気が治る事を願いよる。様々な問題を毎日、お取次させてもらいよるけれども、その一番私の皆さんに掛けておるところの願いというのは、家庭が円満であって下さいという事であった事を、今日はっきり気付かせて頂いた。そういう私が感動しておるところへ久留米から野口さん、富永さん、町田さん、いわゆる親子、いうなら娘婿と三人で月次祭のお礼に出て来た。昨日からあちらの片岡さんが熊本の方に移転されるのに、いろいろとお手伝いに、ご準備にみんな集まってしたというのである。ですから、もう先生というてからおかげ頂きましてと云おうというところじゃった。私はそれを聞く前に、とにかくおかげ頂くはずたい。あんたどんが親子、兄弟、いわゆる娘婿まで、まぁこげんしてから移転の為に一生懸命になったんじゃもんだからおかげ頂くはずだと。何をお届けしようと思いよったか分からん。「もう先生」と云うた時、私が、私の感動がそれだったからね。仲良うさえ頂きゃあ、野口さんおかげが受けられる。富永さん、町田さん、もうこれでいきゃあよかばい。明日から若松の方へ変わって行くんです、町田さんが。そういう自分の事もいっぱいあるけれども、そういうような事に、例えば親子、兄弟達の事の為に一生懸命集まりおうて奉仕し合うたと。だからおかげ頂いとらんはずがなかった。そしたら野口さんが「先生、その通りでございました」と、昨日はああいうおしめりの中にです、四台も迎えにトラックが来ておったが、どうするかと云いよる時に「見よきなさい、これがちゃんと出て行く時には、お天気になるがの」と云いよりましたらちゃんと出て行く頃からお天気にならせて頂き、もう先生申し上げるなら【 】におよびません。熊本の所にちょっと縁故してから自動車が止まった。ちょっとばかりエンジンが熱うなったけん、待って下さいというところが丁度そのハチミツ売りの前だった、山の中で。だからみんなが今日、あそこにハチミツのお供えがしてありますよね。だから自動車の縁故のおかげでこれも買わせて頂いたという訳なんです。もうそれこそ、おかげを頂くはずなんだ。家庭がこのように円満でおかげ頂いとるんだから。ですからどうぞ皆さん、ほんとに本気で私共がです、日々有り難い、勿体ないとだけではなくてです、それこそ仲良う楽しゅう、しかも有り難う生活のできれるおかげ。只仲良いだけじゃいけません。只、楽しいばっかりじゃいけません。それこそ仲良う、楽しゅう、有り難う生活が出来るならね、これにおかげが湧くような、それこそ泉の水が湧くように、おかげの受けられんはずは絶対ありません。私はその夕べ 、夜の御祈念にその事をとにかく一日の締めくくりが、又はひと月の締めくくりが有り難いおかげを頂いて、勿体ないというて家族中の者が神様にお礼申し上げる、心(しん)からお礼申し上げる、詫びるところは詫びる。そういう中にはね、あくる日は元日の朝のような清々しい有り難い目出度いというような心が頂けるんだと。けして元日の心になろうと思うて、つとめなくてもいいんだと。それには、前の晩の大晦日のような心が必要だという事をです、ただせてせて頂いておりましたら、佐田さんが御祈念中に頂いておられる事がですね、この御神殿にね、軸が掛かっておる。その軸の前にはね、このような格好をした干し柿がお供えしてある。その前に大きなブリがお供えしてあったと。だから、それは今晩の御理解ですよと。例えて云うとね、干し柿というのは、柿のお知らせはね、人間が誰しもが持っておるひとつの業(ごう)のようなものなんです。柿というものはね、そういうもの。そこを信心のある者と無い者の違いはどこで違うてくるかというと、一生がその柿のような業のようなものを持ってそのままいくからこれが終いには熟柿になって腐ったようになってしまう訳です。これでおしまい。これが信心の無い人の姿。例えば信心があっても、今日私が云うようなところに努めてないならば、同じような事が云える。只、お参りしよります、おかげ頂きよりますと云うだけではない。その「業」というか「めぐり」というようなものにです。気付かせて頂いて、それを脱皮に脱皮を重ねていく事が信心なのだ。信心は日々の改まりが大事だ。お話を頂きゃあ、ここが間違うておったと気が付いたら、早速そこに取り組んで脱皮していくのだ。皮をむいていくのだ。それがたくさんたまってです、いわばつり下げられる時にはね、ちっときつか。それこそ滴がボテボテ落ちる位にね、きつい事もある。けれども楽しい。なぜなら渋が抜けていく楽しさなのだ。自分がありがとなっていく楽しさなのだ。我が心が生神に向かって進んでおる楽しさなのだ。脱皮に脱皮を重ねていく。それが千上がっていく、干し柿になっていく。これがお徳というものだ。信心がある者は、そのように違いがなからなければならないという事。だからその事に焦点を置き、その事に精進していくならばです、ブリブリするようなおかげは、もう神様がもう絶対約束して下さるというような意味だという御理解でした。佐田さんが頂いておられるのはそうであった。
先程、前講に佐田さんの奥さんがここで発表しておられました。その中にね、先日、お父さんが子供達三人を前にしてから話しておられる。典子ちゃん、富美恵さん、恵介君、佐田の一家がこうして一生懸命信心させて頂いておるが、僕達があんた達が十年後にどのように世のお役に立つ人になっておるかと思うた。思うただけでも楽しいと、お父さんが。何という素晴らしい事だろうかと思うて私は聞いた。三人の子供を前にしてです。あんた達が十年後、毎日こうやって子供ながらもお参りさせて頂いておる。家族中、おばあちゃんまでもう四十の坂を越えようとしておるおばあちゃんが、毎朝、朝、お参りをしておる。お父さん達夫婦はもちろんの事。一生懸命、信心の稽古をさせて頂いておるがです、十年後のお父さん達お母さん達、十年後の僕達、あんた達がです、どのように世のお役に立つ人になっておるかと思うただけでも、お父さんは楽しいと云うて話しておるのを聞かせて頂いて、有り難いと云うてお話ししておられます。私は家族がね、仲良う睦まじゅう楽しゅう・・・それこそ、仲良う楽しゅう有り難うという生活態度だと思うですね。そういう生き方が。私はそういう信心せにゃいかんと。私だけじゃいかんと。あんただけじゃいかんと。もうあんたが一人信心してくれよるけんでじゃいかん。家族の者があげての信心。勢を揃えての信心。しかも焦点はです、仲良う楽しゅういけれる事の為に。しかもそれがね、有り難いという事につながっていくようなおかげを頂いていくならばです、それこそ今日、信司君が頂きましたように「日に月におかげが開けてくる事の為に」もう、どんぶりがあるはずがないと、おかげに。おかげの方はもう日に月におかげが頂けていく為に、「信司さん、一心と定めなさい」と私が申しました。何でもいいよと。こういう事は信心じゃない。こういう事はいけない。と思うたら一心と定めなさい。「例えばね、つまらん本どん読まんという事だけでもいいよ、信司さん」と私は申しました。私共、修行中の時は、お店の本でも読みませんでした。壁に書いとる新聞でも読みませんでした。これはもう一心と定めておった。その一心と定める事がこのようにも有り難い事になってくるとです、たくさん一心と定める事は多いいのです。商売させて頂く者がこげな根性でよいか、商売させて頂く者がこう、店主としこう、お道の信者としてこう、いくらもありましょう。だからね、一心と定めなきゃいけん。そこからね、私、日に月におかげの開けてくるおかげが受けられるんだと。私共がです、家族円満という事をです、ひとつ本気で一心と定めてもろうて、それにはね、只云わんでくれる時はよかとか、無言御機嫌をとればいいとか、そういう事じゃない。場合によっては討論もよかろう。いうならば、あんたの責任じゃけん、私がこうだからというような事に争いあってもよかろうけれども、その後がです、信心でスキッとしていくようなおかげをね、頂かせてもらうという事。そういうね、おかげを頂かせて頂く為には、日々がです、もう本当にお詫びしなければ、どげん思うても相済まん。例えば今日の洋子さんじゃなかばってん、親先生に顔が合わせられんという程しに信心がお粗末、御無礼になっておってもです、「詫びれば許してやりたいのが親心」とおっしゃるから、その詫びる姿勢が、この事が明日の今まで出来なかった信心への、峠を越す事の為のエネルギーになるならばです、それでいいのだと。
「信心は家庭に不和の無きが元」この元が頂かずしてです、例えばね、どのような大きなおかげを頂いても。
最近、ある大変な分限者な方がお参りして来とります。それがね、親子がね、もう親は子供の面を見ろうごつなかと云う。もうどがしこ財産があったっちゃいけんですね。もうね、又はこういうお届けがありました。もうやがて八十にもなる両親がね、もう寝ちゃる。もうそれはもう、お家に行ったら光輝きよる。庭なんかはもうとてもきれいにしちゃる。ところがね、それの見手がない。夫婦はお勤めに出ござる。それけんで近所の人をやとうてから、その見てもらおうと。しかも、もう大変な重体げな、両親は。何の為にこれだけの財産を残したっちゃじゃろうか。私はそれを聞かせて頂きながら思うたですね。大変教養のある家庭なんです。いくら教養だけが身に付いとったっちゃ財産があったっちゃ、どげな庭が立派にあったっちゃ、どげん光輝くようなお家に住んでござったっちゃ、自分達が夫婦、枕を並べて寝ておる時に、子供達が勤めに行ってから他人にどん頼むっちゅうごたる家庭であってはならないという事ですよ。親が子供の面を見ろうごとなかとかという家庭じゃ、いくら儲け出しても同じ事という事ですよ。ですからおかげを頂く前に、まず何というても和賀心。まず何というても私共の家庭の中にです、不和の無きが元であるという事の信心を、まず家にも身にも付けさせて頂いておかげを受けなければ、それはいうならば砂上に桜閣を建てるに等しい事だという事なんです。そして私がです、もうこれは今日、私は発見した。自分の願いというものを。皆さんに掛けておる願いというものを。それは私共が、二十何年前にあのような難儀の中にあっても、家庭の中にはあのような、例えば思い出したら、それこそ声になって出ない程しの、仲良う睦まじゅう楽しゅう信心が出来ておった、有り難う出来ておったという事はです、皆さんにもそうあってもらいたいという願いが、一番強かったという事を、今日私は気が付いた。いうならば、私の願いなんです。皆さんにひとつ頼みなんです。家庭の中にどうぞ、そういうおかげの頂けれるね、ひとつ手がかりをつかんで頂いて、家族中の者がその気になっておかげを頂いて下さる事をお願いしたい。
六月の一日のお月次祭にあたってですね、この事を改めてお願いをする、皆さんに。それがおかげを頂くおかげを受ける元なのだ。受け物なんだ。この六月という月をです、そういうところにひとつ焦点を置いて、いよいよ家庭に不和の無きが元という元をです、ひとつ、つくらせて頂こうと思うのです。皆さん、どうぞよろしくお願い致します。